あらためて考えてしまいました。 私たちはこれまで、議員を見る基準を間違えてこなかったでしょうか。
あらためて考えてしまいました。
私たちはこれまで、議員を見る基準を間違えてこなかったでしょうか。
国民からの問いを排除せず、きちんと受け止め、向き合おうとする議員を、もっと大切にしなければならないと思います。
私たちは、「問いに耳を傾ける姿勢」を持つ議員を、本当に正しく評価してきたでしょうか。
対立する政党がつくり出す批判や扇動に乗せられ、一緒になって叩き、追い詰めてはいなかったでしょうか。
そして、権力を監視し、問いただす役割を、メディアの現場にいる記者たちだけに任せきりにしてこなかったでしょうか。
確かに、くだらない質問をする記者もいます。
しかし、鋭い質問を投げかけ、権力者に対して国民が抱く疑問を問い続ける記者たちを、私たちは大切にしてきたでしょうか。
そうした記者に対して、「うざい」「時間の無駄だ」「なんてくだらない質問をするんだ」と、権力に向かって問い続ける人の背後から、私たち自身が石を投げてはいなかったでしょうか。
誰を支持するか以前に、市民の声を聞くか。異論を排除しないか。
権力を監視し、問い続けることができるか。
そして、その問いを発する人を、私たち市民が支えられるか。
民主主義において、私たちは議員や記者の何を大切にし、何を評価すべきなのか。
その判断の軸を、いま一度考え直す時ではないでしょうか。
https://x.com/knhjyohokyoku/status/2085897161619976405?s=46
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